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第七章 突然かかった魔法 第九話

Author: 夏目若葉
last update Last Updated: 2025-04-26 08:50:43

「相談があるって言ったでしょ? 実はこのことなの。緋雪とね、好きな人がカブっちゃったら嫌だなって思ったんだけど……違ったみたいね」

「え……ということは、社内の人ですか?」

 麗子さんのその口ぶりからすると、どうも私の知ってる人のようだ。

 そうなると、絶対に同じ会社の男性だろう。

「誰だと思う?」

 そう聞かれて、麗子さんと仲の良さそうな男性社員の顔を思い浮かべる。

 うちの部の栗山さん? それとも生花部の広川さん?

「あ! 営業部の本多さんだ!」

 本多さんは麗子さんと同期で、休憩室で一緒になったときにもよくふたりで話をしている姿をみんなが目撃している。

 スーツの似合う、キリリとした感じの人。

 だけど……ふたりが付き合っていると噂が出ては、麗子さんがそれを打ち消していた。

「違う! 本多とはそういう関係じゃないってば」

 ついにふたりは恋人同士になったのかと思ったのだけれど違うようだ。

 そう思われたのが不本意だったのか、麗子さんはブンブンと激しく首を横に振って否定した。

「私たちの、もっと近くにいる人よ」

「……?」

「いるじゃないの。センスがよくてお洒落な四十歳の独身男が」

「え?! 部長ですか?!」

 私たちの周りにいる男性で、麗子さんが今言った条件に当てはまる人なんてひとりしかいない。

 それはきっと……袴田部長だ。

 麗子さんと部長っていう組み合わせは、正直ピンと来ないけれど。

 同じ部にいて仕事で関わりが深いわけだから、そこで恋愛感情が生まれたとしてもなんら不思議は無い。

「部長、いい男じゃない?」

「はい……でも、いつから好きなんですか?」

「それは最近。仕事を手伝ってるうちにね、部長のやさしさとか気配りとか男らしさとか意識するようになっちゃったの」

 もちろん麗子さんは、私よりも部長とは付き合いが長いはずなんだけど。

 最近になって急に意識し始める……なんてことが、男女の間には起こりうるようだ。

「でも、部長は緋雪のことがお気に入りみたいだし。正直ね、私が知らないだけでふたりが付き合ってたらどうしようって思ってたの」

「えぇ?!」

「だって、最近の緋雪は恋してそうな色気が出てたし。相手は部長なんじゃないかって。……違ったみたいだけど」

 そんなことを言われて驚きを隠せない私に、麗子さんが綺麗な顔でアハハと笑
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     急激に自分の顔が赤らむのがわかった。  彼の言うことはもっともだと思うのだけれど、いざとなると恥ずかしさが先に立つ。「じゃあ……プライベートではそう呼ぶようにします」 「今、呼んで」 「え?!……こっ……こうき」 舌を噛みそうなほどガチガチに緊張しながら彼の名を呼ぶと、クスリと笑われた。「緋雪は本当にかわいい」 「もう!」 「ちゃんとベッドでもそう呼んでね」 からかわないでと言おうとしたところに、逆に彼のそんな言葉を聞いて更に顔が熱くなった。「顔、赤いけど?」 「そりゃ、赤くもなりますよ」 いつの間にか至近距離に彼の顔があって…。  そのなんとも言えない色気に、一瞬で飲み込まれてしまった。「その顔……ヤバい。すごく色っぽい」 「え? ……逆だと思いますけど」 「は? 僕? なにかフェロモンが出てるのかな? 今、めちゃくちゃ欲情してるから」 耳元で囁かれると、電流が走ったように脳に響いた。  彼のくれるキスは、最初は優しくて甘い。だけどそのうち深く、激しくなって……。  舌を絡め取られるうちに、なにも考えられなくなっていく。  手を引かれ、寝室の扉を開けると、彼が私の後頭部を支えるように深いキスが再開された。「緋雪は僕を誘惑するのが本当に上手だね」 ベッドになだれ込んで、覆いかぶさる彼を見上げると、異様なほどの妖艶な光を放っている。「ど、どっちが……ですか」 誘惑されているのは、私のほう。  欲情させられているのも、私のほう。  あなたは自分の持つ色気にただ気づいていないだけ。  ――― 色気があるのは、あなたのほう。 あなたの長い指が、私の髪を梳く。  あなたの大きな掌が、私の胸を包む。  あなたの柔らかい舌が、私の目尻の涙を掬う。「ほら、呼んで? 名前」 ふたりの吐息が交じり合う中、律動をやめずに彼が言う。「……い、今?」 「さっき約束したじゃん」 パーティの夜にも同じことをしたけれど……  今日の彼はあの時より余裕があって少し意地悪だ。  私には余裕なんて、微塵も無いのに。「早く呼んでよ。じゃないと、僕も限界が来そう」 ほら、と急かされるけれど。  私もやってくる波に煽られて、身体が自然とのけぞってくる。「こう……き。……昴樹……好き」 私の声を聞いて、一瞬止まった彼の律動が

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    「今日、岳になにをされた?」 感触を確かめながら、私の右手をそっと握る彼の瞳に嫉妬の色が伺える。「全部は見てなかったから。抱きしめられた?」 「いえ、それはないです!」 「だけど、頬にキスはされたよね?」 ……それは、見てたんだ。  というか、二階堂さんも見られているタイミングでわざとやったんだろうけど。「ほかの男でも腹が立つのに、相手が相手だ。緋雪が昔一目惚れした岳だよ?! 僕があれを見て、どれだけ気が気じゃなかったかわかる?」 だから……一目惚れじゃなくて、憧れなのに。「だったらなぜ、私に八年前のことを言わせたんですか?」 私にとっては、もう昔のことで。  ただの憧れだったし、今は綺麗な思い出だ。  だから、八年前のことを二階堂さんに告げてもあまり意味はなかったのに。「緋雪が今も岳のことが心に引っかかってて……要するに好きなんだったら、後悔のないように告白させてあげたかった」 「それで、私と二階堂さんがくっ付いちゃったらどうするつもりだったんです?」 「そしたら……岳から奪う」 彼が、諦める、と言わなかったことがうれしくて。  私の右手を握る彼の手の上に、自分の左手を重ねる。「私は二階堂さんじゃなくて、あなたが好きです」 「緋雪………初めて好きって言ってくれたね」 もっと早く、言うべきだった。  どこまでが冗談なのかわからない彼は、本当は異才を放つ最上梨子なのだ  そう思うと、何の取り柄も無い女である私が傍にいるのはためらわれていた。  彼が仕事で関わるモデルの女性はみんな綺麗だから、私より絶対魅力的に決まっている……なんて、歪んだ感情も芽生えたりしていた。  好きだと態度で示されても、気まぐれにからかわれているだけだと思っていた。  いや……思おうとしていたんだ。 彼のデザインを見るたび、彼の作ったドレスに触れるたび、心をギュッと鷲づかみにされてその才能の蜜に吸い寄せられていた。  そんな人に好きだと言われ、態度で示されたら……。  しかもキスなんてされたら……最初から、ひとたまりもなかったのに。「僕も、好きだよ」 彼が心底うれしそうな顔をして、私の右の頬を撫でた。  そしてそこへ、ふわりと口付ける。  今日、二階堂さんがキスした場所と同じところだ。「上書き完了」 そう呟いた彼の顔が妖艶すぎ

  • 解けない恋の魔法   第九章 一人二役 第三話

    「宮田さんにとって、私ってなんですか?」 「え?」 「どういうポジションにいます?」 泣いても喚いても、執拗に詮索しても。  あなたにとって私がなんでもない存在ならば……  嫉妬したって、それは滑稽でしかない。「一度抱いただけの、仕事絡みの女ですか?」 「違う!!」 弱々しい私の言葉を、彼の大きな声が否定する。「僕は恋人だと思ってるし、緋雪以外の女性に興味はない」 信じないの? と彼が切なそうな表情をする。「こんなに緋雪のことが好きで、思いきり態度にも出してると思うんだけど。僕は自分で言うのもなんだけど一途だし。なのにそこを疑われるなんて……」 不貞腐れたように口を尖らせる彼に、そっと唇を寄せる。  そう言ってくれたことが嬉しくて、気がつくと衝動的に自分からふわりとキスをしていた。  唇を離すと、驚いた顔の彼と目が合う。「良かった。本当に枕営業しちゃったのかと思いました」 「……は?」 それは、パーティの席でハンナさんに言われたことだ。  なぜか今、それを思い出して口にしてしまった。  自分でもどうしてわざわざそれを持ち出したのかと思うとおかしくて、笑いがこみ上げてくる。「あのパーティの夜、宮田さんは……午前〇時を過ぎても魔法は解けないって言ってくれましたけど。朝になったら解けちゃったのかなと……なんとなく思っていたんです」 「どうして? 僕は解けない恋の魔法を緋雪にかけたつもりなんだけどな。あ、いや、ちょっと待って。それじゃやっぱり、僕は魔法使いってことになるじゃん!」 真剣な顔をしてそう抗議する彼に、噴き出して笑う。「不安だったのは、僕のほうだよ」 「……?」 「あの夜は気持ちが通じたと思ったし、心も身体も愛し合えたと思った。だけど、もしも無かったことにされたら……って考えたら、不安だった」 「……そんな」 「僕はやっぱり魔法使いで、王子は岳なのかも…って」 ――― 知らなかった。  宮田さんがこんなふうに思っていたなんて。  二階堂さんと私のことを、こんなにも気にしていたなんて。「宮田さんは王子様兼魔法使いなんですよ」 「……何その“兼”って、一人二役的な感じは」 「それとも私たちは、シンデレラとはストーリーが違うのかも。ていうか、一人二役でなにか問題あります?」 「……ないけど」 気まぐ

  • 解けない恋の魔法   第九章 一人二役 第二話

     手を引かれ、十二階に位置する彼の居住空間へと初めて足を踏み入れる。「お、お邪魔します。お家、ずいぶん広いですね」 おずおずと上がりこんだ部屋には大きめのリビングとダイニングキッチンがあり、話を聞くとどうやら2LDKの間取りのようだ。  まるでモデルルームのように家具やカーテンの色や風合いがマッチしていてパーフェクトな空間だった。  この前麗子さんと話していて、宮田さんはどんなところに住んでいるんだろうと、気になってはいたけれど。  それがこんなに広くてスタイリッシュな空間だったとは思いもしなかった。「ここのマンションの住人には、ルームシェアしてる人もいるみたい。僕はもちろんひとりだけど」 なるほど。ルームシェアもこの広さなら出来ると思う。  なのに贅沢にこの部屋で一人暮らしだなんて……。「緋雪、気に入ったならここに越して来る?」 「え?! 私とルームシェアですか?」 「なにをバカなこと言ってんの! 僕たちが一緒に住む場合は、“同棲”になるだろ」 肩を揺らしてケラケラと笑う彼を見て、拍子抜けしたと同時に私の緊張もほぐれた。  私がはっきりと返事をしないまま、その提案が立ち消えになったことにもホッとする。「いつも事務所じゃコーヒーだけど、今日はビールがいい?」 ソファーに座る私に、彼はそう言ってキッチンからグラスと冷えた缶ビールを持ってきた。「ありがとうございます」 「パーティのとき思ったけど、緋雪はお酒飲めるよね?」 「あ、はい。それなりには」 コツンとお互いにグラスを合わせ、注がれたビールを口に含む。  ゴクゴクと美味しそうにビールを飲み込む彼の喉仏が、やけに色っぽい。  隣に居ながらそれを見てしまうと、自動的に心拍数が上がった。「今日のことだけど。僕が、モデルの子と一緒にいた件……」 ふと会話が止まったところでその話題を口にされ、私から少し笑みが引っ込んだ。「あの子はハンナの後輩なんだけど、けっこう気の強い子でね。ハンナのこともライバル心からかすごく嫌っていて。僕は今日、巻き込まれたっていうか……あの子が、」 「もういいです」 「……え?」 「もう、それ以上聞かないでおきます」 ハンナさんへの当て付けなのか、本気なのかはわからないけれど、あの女性が宮田さんに迫ったんだろうとなんとなく直感した。「言わせて

  • 解けない恋の魔法   第九章 一人二役 第一話

    *** 会社に戻る途中、ずっとモヤモヤした気持ちが抜けなかった。 なんだこれ。こんなんじゃ仕事にならない、とエレベーターの中でそんな自分に気づき、両頬をパンパンっと叩いて喝を入れる。  そうやって気合を入れたのに集中力は続かず、終わったときには時計は十九時半を回っていた。 そうだ、電話しなきゃ……。  ロッカールームで思い出し、宮田さんの番号を表示させて発信する。  今日のことを弁解させてほしいと言っていた彼の困惑した顔が脳裏に浮かんだ。  私だって……  あのモデルの女性と、あんなところでなにをしていたの?と、気にならなくはないけれど。  正直に聞くのが怖い。『もしもし』 数回目のコールで、落ち着いたトーンの彼の声が耳に届いた。「お疲れ様です。今、仕事が終わりました」 『お疲れ様。もう会社の前にいるから降りてきてよ』 「え……はい」 そのまま通話を切り、私はあわててロッカールームを後にした。  遅く感じるエレベーターに乗り込み、会社の外に飛び出すと、一台の車がハザードをつけて停まっていることに気づく。  助手席側のドアを背にして立つ宮田さんの姿があった。  ポケットに手を入れて佇む姿が、車を背景にしているせいか、とても様になっている。  そんなことよりも。たしかに会社に迎えに来るとは言っていたけれど……「い、いったいいつから居たんですか?!」 「はは。息が切れてるね」 それは、エレベーターを降りたあとダッシュで走って来たからです。「私のことはいいんです!」 「えーっと……着いたのは1時間くらい前、かな」 「そんな時間からここに居たんですか?!」 「うん。終わったら電話くれる約束だったし。 だからここで待ってた。とりあえず車に乗って?」 そう言って、彼が背にしていた助手席のドアを開ける。  ずいぶんと待たせたのに、不機嫌じゃないんだ……。  などと思いながら、私は促されるまま助手席に乗り込むとドアを閉められた。 宮田さんはハンドルを握り、喧騒が未だ落ち着きを取り戻さない夜の街を走り抜ける。「あの……どこ行くんですか?」 なぜか運転中無言になっている彼の横顔を見つめつつ、静かに問う。「あー、そう言えばそうだ。どこに行こうか」 「え……」 そっか。そうだった。  この人はこういう人だ。中身は変人と

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